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阿嘉島いってきます

 投稿者:旭 大輔  投稿日:2014年 7月27日(日)20時50分17秒
返信・引用 編集済
  同期です。お元気ですか。8/20から3泊4日で沖縄行ってきます。今回はとまりんからフェリーで 阿嘉島行って半日過ごそうかと。レンタサイクル借りてニシバマ、慶留間島、外地島巡ってみみます。マリリンもいいけどシカにも会いたい(笑)
身上報告書に「数年以内に沖縄移住予定のため沖縄転勤を希望する」とぶちこんでやりました。
まあ希望が通るわけないんだろうけど・・・。
今回の沖縄旅行は就活も兼ねてるぜ!
 
 

後生

 投稿者:琉球松  投稿日:2014年 7月10日(木)10時46分54秒
返信・引用
  管理人さんへ

 沖縄諸島では、一般的に「グソー(後生)に行く=死」と言いますが、奄美では「グスク」でしたか。
 これは、伊是名島でも聞きますから沖縄北部から奄美にかけての表現かもしれませんね。

写真は、久高島の後生エリヤ・遠方は沖縄島
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 7月 8日(火)21時01分0秒
返信・引用
  いつの間にかたくさんの投稿が!
確か琉球松さんが掲げている「神と村」だかに
古老が奄美の古老があの世に行くこと(お墓に入ること)をグスクに行く
という話が載っていたと思います(違ったらすみません)。
 

Re: 葬所説

 投稿者:琉球松  投稿日:2014年 7月 4日(金)15時04分25秒
返信・引用
  関東の素人さん

 グスクと墓の関係を示す事例を記してみます。
以下『神と村/仲松弥秀(琉球大学沖縄文化研究所)1969 』より抜粋

>徳之島の西阿木名村落にも段丘崖に前兼久グスクがあって、その崖には数個のトール(納骨洞穴)があって村の拝所となっている。
>徳之島の北端の手々村落のグスクは、海食によって形成された一面の岩魂群をなしているところで、その岩魂下には処々に人骨が散見される。
>沖永良部島の上平川村落には村から山手へ約一籵へだてたところにグスクと称せられている石灰岩洞穴がある。
>沖永良部島知名町の上手には畑地域の中の平坦な露岩地域がグスクであって、いまだに岩間に人骨が散見される。
>奄美大島瀬戸内町の阿室釜村落近くには、長く突出した長崎鼻の岬がある。岬に行く手前側にはひときわ目立つ樹林区域があるが、ここは明治初年までの風葬処だったところといわれ、その下の砂浜をグスク浜と名付けられている。
>奄美大島由井村落には、グスクヒラナカと称される村の拝所となっている屋根型墓がある。
>沖縄本島の伊豆味盆地には、渓谷岩中に伊豆味村落の拝墓があり、その付近をジングスク原といわれている。
>沖縄本島奥村落の昔の共同墓をグスク墓という。
>沖縄本島豊見城村根差部のグスクにある納骨洞穴を大グスクといわれている。
>八重山の小浜島にはユヌレースク、バカレースクといわれている拝墓がある。
>奄美大島の西仲間村落の或る屋敷庭に幅1m、長さ1,5mほどの小石と土とで盛られたグスクといわれていた村の拝所があった。そこで八月踊りが行われたが、これをグスク踊りといわれ、その前の神道をグスク道と称した。
>那覇市の波之上宮(花グスク)は海へ突出した鼻状の崖上に位置している。洞穴を発掘したら器物とともに人骨が出土したという。
>首里城の中心をなしていた首里森グスク、真玉森グスクの背後崖中には、数カ所に隠されていた墓がある。
>沖縄本島の中城グスクも東崖下に神墓といわれている納骨墓がある。
>沖縄本島桃原村落の背後にはガジマングスクといわれている丘がある。墓の多い場所をなしているが御嶽ではない。
>墓のある沖縄本島恩納村の前兼久グスク、北中城村泊村落のグスクも村の拝所ではない。
 

葬所説

 投稿者:琉球松  投稿日:2014年 7月 3日(木)09時37分34秒
返信・引用 編集済
   一応「グスク」と呼ばれる施設には、墓が存在する場合がけっこうありますね。
 これは、故仲松弥秀先生の「グスク=葬所」説の根拠ともなっているようです。

 墓所は、そのまま聖域に転じやすいでしょうから、ほとんど "聖域説" と同等とも言えそうです。
 氏は、リーダーや英雄などの墓が存在する集落にはグスクは希有で、存在しない集落近くにはグスクがあると書いています。
 ある方の墓が聖域化し、後に要塞化したとの説が妥当かもしれませんが、そうなると名称としての「グスク」は、いわゆる「グスク時代」からのもので、それ以前は「イビ・イベ」などと呼ばれていたかもしれません?

 そうすると、語源は「オクツキ」が見える『万葉集』や『日本書紀』の時代以降になるかもで、本土側の古語に求めたほうがいいかもですよ。
 まあ、朝鮮語に求めるのもなかなか難しいですし、オーストロネシア語族が起源だとすると絶望的です(泣)。

写真は、玉城グスク内の聖域「アマツヅテンツヅ」(沖縄島南部)
 

ありがとうございます。

 投稿者:関東の素人  投稿日:2014年 6月30日(月)19時31分19秒
返信・引用
  管理人様、琉球松様、ありがとうございます。
発音といくつかの特徴から、思いつきました。
もっとも、一般的に沖縄の方が古語が残るそうなので、オクツキが単純にグスクの元、とも言えないのでしょうが…。
ひょっとして、戦争までは、「あそこには古いグスク(墓)があるんだよ」なんて、言い伝えがあったのでは?とも思ったりします。
 

Re: 奥津城≒グスク

 投稿者:琉球松  投稿日:2014年 6月30日(月)10時05分38秒
返信・引用
   関東の素人さん
 始めまして、沖縄島の者です。

 同じく「グスク」を検索して通りががった口です(笑)。
 このサイトの存在意義?は、島外の目で琉球圏を見ているということだと思いますね。

 「グスク」の語源を「オクツキ」に求める発想は、バッサリ切って捨てる必要はないと思いますよ。
 まだまだ未詳の名称ですし、外見上「仕切」られている施設でまありますしね。

 奄美大島には「城(キズキ)」との苗字もあり、古地図には「具足(グソク)」とも見えます。
 まあ、グスク談義に参加させていただけば幸いです。よろしくお願いします。

写真は、知念グスク(沖縄島南部)
 

こちらこそ

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 6月26日(木)22時58分39秒
返信・引用
  発音がということでしょうかね?

言語学に関しては私もそんなに詳しくはないのですが・・・
単語の最初又は最後の言葉が省略されることはちらほらあるようで
クツキまたはそれに類する発音とすると、グスクと似てるかなぁと思います。

オクツキの「キ」もグスクの「スク」も
囲った場所を意味するという説があるので
語源も共通するのかな?と前々から少し思ってはいました。

あまり明確なことは言えないので、期待には応えられませんが
バッサリ切り捨てるほどの説では決してないかと。

まぁ、私が偉そうに言えたものではないのですが・・・。
 

はじめまして

 投稿者:関東の素人  投稿日:2014年 6月26日(木)15時35分59秒
返信・引用
  グスク 墓 で検索して、たどりつきました。
個人的に、奥津城≒グスクを妄想している者です。
オクツキがグスクに変化する可能性はあるのでしょうか?
検証していただければ幸いに存じます。もちろん、バッサリ切って捨てていただいても、スッキリしますので、良いのですが。
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 6月 1日(日)23時07分46秒
返信・引用
  お~まだ見ていただいてありがとうございます。
今年の夏休みも奄美・トカラに行く予定です。
今度は口之島か悪石島あたりに行くかな。

内地神社編を一通り飽きるまで作ったらまた南西諸島編を作ろうかと思います。
 

(無題)

 投稿者:琉球松  投稿日:2014年 5月31日(土)12時18分10秒
返信・引用
  管理人さん、忘れてないですよ。

 トカラ列島の南半分は、旧琉球領でしたからね。
 今でも奄美との関係は強いようです。
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 5月21日(水)22時51分12秒
返信・引用
  すっかり存在を忘れ去られていると思うが
トカラ列島の平島編を久々にアップした。
最近ようやくやる気が湧いてきたところです。

次は南西諸島とは全く関係がない内地の神社編を適当に作るかも。
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2013年10月29日(火)22時23分4秒
返信・引用
  琉球松さん

どのみち今帰仁~名護あたりの海なのでしょうね。
元ちとせのPVはよく見たら奄美ではなく、沖縄で撮影したものが多い。

聖地は所構わず撮影していたのですが、神事だけは何となく憚られるんですよね。
特にフラッシュを付けるとなると、もっと憚られます。
 

Re:『♪ 語り継ぐこと』PV

 投稿者:琉球松  投稿日:2013年10月22日(火)23時17分2秒
返信・引用
   先週、例の背景を確認しにヤンバルまで出かけたんですけど、大雨に阻止されてしまいました。
 台風一過にでも、また挑戦しようと思いますが、元ちとせが浸かっている海面の穏やかさは羽地内海かもしれません?
 なんかムキになってきましたよ~。龍郷町や笠利湾だとしたら奄美まで飛びましょうかね(笑)。

 それと神事の撮影の件ですが。。。御嶽などでの祭祀は、そもそも足がすくんでシャッターどころではないですね。
 少なくとも男の僕はそうですが、グスクや聖地外ではさほど気にしなくてもイイと思いますよ。
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2013年10月22日(火)22時32分11秒
返信・引用
  琉球松さん

今帰仁か!言われてみればそう見えます。
龍郷湾っぽいけど、何か違う気もしてたので納得いたしました。

沖縄の史跡はたくさん撮影しましたが、神事はほとんど撮影していないのが
少し心残りですね(撮影していいのかという問題はありますが)
 

『♪ 語り継ぐこと』PV

 投稿者:琉球松  投稿日:2013年10月17日(木)09時26分18秒
返信・引用 編集済
  管理人さんへ

 『♪ 語り継ぐこと』。。。イイですね~。
 この動画は、沖縄でも話題になっていまして、ロケ地はどこか?ってね。

 中城グスクはいいとして、モクマオの木と馬が登場するシーンは今帰仁村の海岸だと思います。
 また、元ちとせの背後の島影は、古宇利島か屋我地島で、その後に見えるのは国頭半島じゃないでしょうか。
 エンディングあたりの遠方の岬は辺戸岬によく似ていますね。

 暇なときに、ちょっと確認ドライブに行ってきま~す(笑)。

写真は、冬至の早朝に行われる神事・中城グスク
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2013年10月13日(日)23時11分29秒
返信・引用
  琉球松さん

それは、沖縄より奄美が好きだからですね。
だから、奄美らしいタイトルにしようかと思いまして。
そこで、元ちとせのアルバムを思い出したのもありますし
南風という意味だと南国らしさがあるので
自分のサイトにちょうどいいかなというのもありました。

元ちとせの曲は断然で「語り継ぐこと」が大好きですね。
PVも調べたわけではありませんが、龍郷湾?らしき風景から
中城城跡やら出てきて好きです。
もちろん「ハイヌミカゼ」や「ワダツミの木」も好きです。
マニアック(?)なものだと「幻の月」とかでしょうか?
 

ハイヌミカゼ

 投稿者:琉球松  投稿日:2013年10月11日(金)10時08分54秒
返信・引用 編集済
  管理人さんへ

 首里グスクと中城グスクの「隅頭石」は、上里さんも腕組みをしているようで難解ですね。
 何かの文献に「角石」とあったような気がしますので、効力としては魔除けなのでしょう。

 ところで、以前から気になっていた「ハイヌミカゼ」なんですけど、管理人さんはどうしてこのサイト名にしたんでしょうか?
 僕は元ちとせの大ファンなので、CDは全部持ってますけど、アルバム『ハイヌミカゼ』とそのタイトル曲は彼女の最高傑作だと思いますね。
 上田現さん作詞の『♪ 地図に隠された 道をたどり ここまで来てよ そこにいるから』の部分は、意図せずして「琉球文化圏の謎を解け!」と聞こえてしまいます(笑)。
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2013年 9月 8日(日)21時04分35秒
返信・引用
  琉球松さん

正直、初めて知りました。
隅頭石というんですね。
見た目の美しさという理由だけで設置するとはあまり思えないので
魔除けか実用的な理由があるんじゃないかなと個人的には思います。

城の工法は詳しくないのですが、どういうわけか沖縄の城(しろ)は
中国・朝鮮の築城技術の影響があるとらしいので、そこら辺にヒントはないんですかね?
そのブログだと本土にも同じような技術があると書かれてるので
本土の影響の可能性もありますが。

>>旭さん
相変わらず沖縄に行き続けているようですな。
座間味から舟渡でもしてもらって安慶名敷島でも行くと楽しいよ。
ちなみに、私はその翌週に沖縄に行きます。
何でも大学の同窓会が行われるということで。

まぁ、旭さんも北関東送りになるから覚悟しな!
 

(無題)

 投稿者:琉球松  投稿日:2013年 9月 4日(水)10時35分26秒
返信・引用
  管理人さんへ

 ホームページの更新、楽しみです。
 琉球文化圏の外からグスクを見る視点は重要だと考えます。

 それと、上里隆史さんがブログ『目からウロコの琉球・沖縄史(http://okinawa-rekishi.cocolog-nifty.com/tora/)』で、首里グスクと中城グスクにのみ見られる「隅頭石(すみがしらいし)」を取り上げていますが、管理人さんの解釈はどうでしょうか?

画像は、中城グスクの「隅頭石」・同ブログより転写
 

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