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追加紹介と訂正

 投稿者:Shuichi Asa  投稿日:2015年 3月27日(金)17時27分33秒
返信・引用
  瀬戸内町
節子集落
・勝浦(カッチュラ)ズク
・大和(ヤマト)スク

網野子集落
・打※久(ウッスク) ※の部分は手偏
・城(グスク)

勝浦集落
・渡連田(ドゥリンダ)

https://m.facebook.com/shuichi.asa

 
 

グスク=城

 投稿者:琉球松  投稿日:2015年 3月27日(金)09時43分33秒
返信・引用 編集済
  Shuichi Asaさん、うがみんしょうら!

 グスクに「城」の字を当てたのは、その原義を知らない大和人だと言われてますね。
 せいぜい鎌倉時代頃でしょうか。この時代の関東には「具足(グソク)」という語があり、甲冑などの武具やそれらの保管場所を表しますから「城」としたのでしょう。
 古地図には「玉具足城(玉城グスク)」などが見え、厄介なことに「中城グスク・豊見城グスク・玉城グスク」など城の後にことさら「グスク」をつけてめんどくさいですね。

 これはたぶん、例えば「玉」を原義とする「玉グスク」を中心としたエリヤ全体を「玉城」と呼ぶようになり、その経緯が不明となった後世に、玉城地方にあるグスクとして「玉城グスク」になったのでしょう。
 同じように「中城グスク」の本名は「中」だと思いますね。「豊・玉・中」は美称でしょうから、たんに「立派なグスク」と解釈していいかもしれません。
 徳之島の「玉城(タマグスク)」周辺には「玉城」という地名が見当たらないということもその証でしょう。

 あるいは浄土宗や真言宗の僧らの命名だとすれば仏具を表す「三具足(ミグソク)」などかもしれません。「三」が3本の石との習合だとすれば「グスク」以前の本名は奄美沖縄が温存する聖地「イビガナシ」の可能性すらあるでしょうか。

 あと、奄美市の「小宿(コシュク)」は気になりますね。「渡連宿」も「渡連グスク」の転かもしれませんから、グスクはまだまだ増えそうです。
 

Re: (無題)

 投稿者:Shuichi Asa  投稿日:2015年 3月26日(木)23時53分49秒
返信・引用
  管理人さんへのお返事です。

有意義な掲示板のご提供ありがとうございます。今後もさまざまな情報などお願いします。

> 節子集落の渡連宿という小字は初めて聞きました。
> 渡連とは加計呂麻島の字と関係あるのか気になるところです。
→地形とか風景が渡連と似ていたのかもしれません、他の集落には渡連田(ドゥリンダ)と呼ぶ小字もあります。

> 場所などもし分かるならば教えていただけたらと思います。
→字絵図がありますので、機会があればお見せできます。


> 死ぬことをグスクへ行くと表現する人が奄美にいると聞いたので参考になります。
> それが沖縄でも使う後生(グソー)と関係あるのかは検討したことなかったので
> ちょっと考えてみたいと思います。
→沖縄では後生(こうせい)と書いて(グソー)というんですね。奄美の(グショ)と同じだと思います。

古語・大和語・真言宗(仏教語)?そして、それらの方言化や訛化などあり得る全ての可能性を考えるだけでも楽しいですね。

https://m.facebook.com/shuichi.asa

 

Re: 赤木名グスク

 投稿者:Shuichi Asa  投稿日:2015年 3月26日(木)23時13分3秒
返信・引用
  琉球松さん、始めまして。
私も現時点では、グスクをグ・スクに分解して考えることに賛成です。
琉球松さんも管理人さんも是非、奄美大島にお越しの際はご連絡ください。
歓迎致します。

ところで沖縄ではなぜ「グスク=城」になってしまったのだろうかと思います。
○○グスク城とすれば、○○が地名でグスクが御宿で、かつ戦の時などは城としても機能すると考えれば合点いくと素人考えでは思います。

また、「首里城キャッスル」とか「淀川リバー」の看板は、外国人に誤解を招くおそれがあると思います。

https://m.facebook.com/shuichi.asa

 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2015年 3月17日(火)21時19分58秒
返信・引用
  琉球松さん

ありがとうございます。
私も「御嶽名稱考」だけ持っています。
確かに熊野信仰を基礎とした解釈をした人でしたね。

探せたら読んでみたいと思います。
 

崎間敏勝

 投稿者:琉球松  投稿日:2015年 3月13日(金)10時51分59秒
返信・引用
  管理人 さんへ

 ある研究者とは、故崎間敏勝氏(琉球文化歴史研究所)のことですが、氏は「グスク=宿」説を主張しているわけではなく、笠利湾での遣唐使の施設が後の琉球王国の出発点になっていたのではとの歴史認識のようです。
 真言宗による奄美の運営が沖縄諸島に及んだのではないかと。。。

 ただ、氏の解釈には『おもろさうし』を含め違和感もありますから、全面的に支持できないところですけどね。

 崎間敏勝著『熊野権現の島』『琉球の国づくり考』『おもろ語の周辺』など
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2015年 3月12日(木)21時48分6秒
返信・引用
  琉球松さんお久しぶりです。
私もグ・スクと分解するのが正しいと思っています。
その研究者の文献を教えていただけたらありがたいです。
私の手持ちの資料にそのような記述を見たことがないので、是非。
 

赤木名グスク

 投稿者:琉球松  投稿日:2015年 3月 9日(月)10時53分53秒
返信・引用 編集済
  Shuichi Asa さん、始めまして沖縄島の者です。

 瀬戸内町と言えば、10年程前の旅行の際に古仁屋港でレンタカーのタイヤがバーストしたのを思い出します。
 その際に、古仁屋の海んちゅ達が修理の手配をしてくれて、とての助かりました。

 ところで「グスク・グシク・クスク」なんですが、やはり「グ/スク」と分解したほうがいいんじゃないかと考えますね。これにバッチリ合う大和語がなかなか見当たらないわけで、本土では死語になっているかもしれません?
 しかし、ある研究者は、遣唐使が笠利湾(たぶん赤木名)を中継地とした7世紀頃にはすでに「スク」の語が存在していたのではと書いています。
 スクが「宿」の可能性もあるわけですから、一考にあたいするかも。。。

 ついでですが、遣唐使(2回目からは奄美経由が試みられる)の時代に命名された「海見(アマミ)」は笠利湾あたりで、この場合の「海」は東シナ海のことでしょう。赤木名で風待をしていた使節団の "宿" を「グスク」起源説の一つに入れていいかもしれません。
 ちなみに、「○見」と表記される地名は琉球列島から九州に点在していて、例えば伊是名島の「諸見(ショミ)」は意味的に「潮見」で、「赤木名グスク」など多くのグスクがその絶好の位置に築かれていることも考慮したほうがいいのでしょう。

写真は「伊是名グスク」遠景
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2015年 2月26日(木)23時12分50秒
返信・引用
  最近はおまけ編の作成ばかりですな。
この冬に撮影した福島県の神社がそれなりにあるので
それが終わったらまた本編(?)の作成に戻ろうかと思っている。
一応、奄美市住用をほんの少しずつではあるが、作成中。
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2015年 2月25日(水)17時47分45秒
返信・引用
  私も一応(?)素人ですので。
オクツキの話はこの掲示板でも前に同じ考えを述べていた方がいました。
同源の可能性はあるのかなと思っています。
 

御教示ありがとうございます

 投稿者:関東の素人  投稿日:2015年 2月23日(月)22時08分13秒
返信・引用
   なんと表現していいのかわからないのですが、沖縄の文化って深いものですね。
 間にキズキを挟むと、オクツキとグスクがさらにつながりそうば気が…(もちろん、私の素人考え)。
沖縄関係の論文読んでて、素人考えを重ねてみました。
 …城も奥津城も、マツリゴトをするところ?
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2015年 2月23日(月)18時53分54秒
返信・引用
  投稿ありがとうございます。

最初に申し上げますと、私はフェイスブックをしておりませんでして・・・。
ツィッターもLINEもせずと流行のツールを全く利用していないため
何かありましたら、この掲示板でという不便さはご容赦ください。

節子集落の渡連宿という小字は初めて聞きました。
渡連とは加計呂間島の字と関係あるのか気になるところです。
場所などもし分かるならば教えていただけたらと思います。

死ぬことをグスクへ行くと表現する人が奄美にいると聞いたので参考になります。
それが沖縄でも使う後生(グソー)と関係あるのかは検討したことなかったので
ちょっと考えてみたいと思います。
 

体験談で申せば…

 投稿者:Shuichi Asa  投稿日:2015年 2月22日(日)00時13分53秒
返信・引用 編集済
  こちらに《グスク》を未詳名として挙げていらっしゃる各位のレベルの高さに頭が下がるおもいです。
稚拙ながら当方の体験談で申し上げたいとおもいます。一助になれば幸いです。
城としての《グスク》は沖縄には沢山見られます。奄美大島(当方は瀬戸内町出身)では、北部は笠利町の赤木名や龍郷町の戸口、奄美市の小湊には山城、南部だと加計呂麻島の諸鈍には城(持久戦を想定した住居的な城)があったかも知れません。その場合は沖縄の《グスク》にあたる「城」になるかも知れません。
しかし、いくつかの集落の小字名に「~~スク」が認められます。瀬戸内町の節子集落の小字名として「勝浦宿」や「渡連宿」など。この場合の《グスク》は「御宿」になるかとおもいます。

体験談で申し上げると、祖母はあの世へ行くことを「《グショ》はち行きゅん:グショに行く」「《グショ》はら迎けがねん:グショから迎が来ない」と話していました。
このことを勘案すると、《グショ》は「後生」が最も近く、「御所」の可能性もあるかも知れません。
また戦後は、あの世に行くことを「アメリカに行く」「まだアメリカから迎が来ない」とも言うようになったようです(2015年現在60代~80代の方)。


よろしければ、フェイスブックで私宛て
「 Shuichi Asa 」に色々御教示ください。よろしくお願いいたします。
  

https://m.facebook.com/shuichi.asa

 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2014年11月16日(日)22時50分34秒
返信・引用
  大和村編をようやくアップ。
次も奄美大島の市町村にするかな。
ただし、住用以外はあまりに情報が多いので
幾つかに分割してアップするかも。
 

初めまして

 投稿者:管理人  投稿日:2014年10月 6日(月)21時39分31秒
返信・引用
  辺鄙なサイトにどうぞいらっしゃってくれました。
沖縄の城ということで私のサイトに辿り着いたようですが、参考にしていただき幸いです。

城(しろ)については、必ずしも詳しいわけではありませんが
沖縄の城(しろ・グスク)は所在地などは詳しいつもりなので
よかったら参考にしてください。

興味がありましたら、是非、奄美大島の赤木名グスクなども訪れてみてください。
 

リンクの御報告

 投稿者:管理人マサハレ  投稿日:2014年10月 4日(土)21時27分30秒
返信・引用
  はじめまして。
とある城郭サイトを運営しているのですが、すばらしい貴サイトに辿り着き、リンクをさせていただきました。

事後で大変申し訳ありませんが、一報させていただきます。
今後とも、何卒よろしくお願い申し上げます。

管理人マサハレ
http://srtutsu.ninja-x.jp/

http://srtutsu.ninja-x.jp/

 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 9月25日(木)22時31分40秒
返信・引用
  久しぶりに南西諸島グスクリストを更新した。
薩南諸島のグスクを取り上げることにした。
あと、今年の夏に訪れて得た情報を少しだけだが反映させた。

今は大和村情報を作成しており、来月中にはアップできそう。
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 8月 8日(金)21時12分37秒
返信・引用
  そこまで盛り上がっている掲示板でもありませんが
是非、適当なタイミングで参加してもらえたらと思います。

それはそうと、管理人は明日から奄美大島・加計呂間島に行ってきます。
本当は今日からの予定であり、トカラにも行く予定であったが
台風のおかげで大分予定変更となってしまった。
 

御礼

 投稿者:関東の素人  投稿日:2014年 8月 2日(土)18時23分55秒
返信・引用
  > No.103[元記事へ]

ご無沙汰して申し訳ありません。
沖縄の方からの丁寧なお返事、うれしい限りです。
グスクのお話に参加させていただければ、幸いに存じます。
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 7月29日(火)22時26分20秒
返信・引用
  お~俺は8月から毎年恒例奄美トカラ巡りをしています。
阿嘉島にも住み込みを辞めて以来行ってないので、そろそろ行きたいのだがね。
転勤希望は再来年に万が一通れば良いかなという状況です。


返事が遅れましたが、琉球松さんへ。

グスクに行くという表現は奄美であるようですが
どれほどの人が使用していたかまでは分かりません。
一般的なのか、使用する人がたまにいる程度なのか。

伊是名でも使用例があるのならば
確かに山原以北で使用する人が多いのかもしれませんね。
 

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