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スレッド一覧

  1. 小説について、音楽について、バンドについて語るスレ(0)
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nomuraさん ありがとうございます。

 投稿者:山本 洋  投稿日:2016年 8月18日(木)17時18分16秒
返信・引用
  nomuraさん。旅行につき、返信が遅れて申し訳ありません。拙作を飽きずに読んでいただきありがとうございます。掲示板に久々の反響も嬉しい限りです。今後も読んでくださいね。「サーチ」は、この前神奈川県で身障者施設襲撃の悲しい事件が起こったことに対してのメッセージでもあります。  
 

楽譜 完結

 投稿者:nomura  投稿日:2016年 8月14日(日)19時12分43秒
返信・引用
  山本 洋さんへのお返事です。

8月12日に、楽譜をいただいて、その日のうちに一気に読みました。一気に読まずにはいられない魅力がありました。1978年に18歳だった私の青春が蘇ったようで懐かしかったためでもあります。時代の雰囲気を、共感を持って味わいました。ありがとうございました。
特に後半からのテンポが良くて引き込まれました。

>  昨年の九月から書き始めた「楽譜」は68で終了です。
> たぶん誰も読んでいないと思いますが、もし、読んでいただいていたら、感想でも何でもかまわないので、コメントいただけると、書いた作者として嬉しいです。
> 「楽譜」は、少し長い作品になりました。1978年頃、(ちょうど作者が大学三年)の時代を切り取りたくて描いてきましたが、それがうまくいっているかどうかは別として、山口智子、和泉香苗、小田、飯田、他の人物にはモデルがあるようなないような。でも、とてもそれぞれの人物に珍しく愛着がわいて書き続けることができました。読んでいただいた皆様ありがとうございました。
 

4月の空 3

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 4月18日(土)05時12分43秒
返信・引用
  2015年3月、ドイツのメルケル首相は、来日講演の中で、「ドイツが戦後、国際社会に受け入れられたのは、過去ときちんと向き合ったため」と述べた。メルケル首相は講演で、ヴァイツゼッカー独大統領(当時)の1985年のスピーチ「過去に目を閉ざす者は、現在に対してもやはり盲目となる」を引用し、ドイツは戦後、かつての敵国とどのようにして和解することができたのか、との質問に対して「近隣諸国の温情なしには、不可能だった。ただ、ドイツ側も過去ときちんと向き合った。ドイツはナチスと正面から向き合ったから今がある」と言った。「ドイツは過去ときちんと向き合った」こと、「福島原発事故に学んで脱原発の決定を下した」ことを語って、上品かつやんわりと安倍政権の歴史修正主義と原発再稼働方針を批判したが、「言論の自由」についても、「言論の自由は政府にとって何の脅威でも問題でもない。さまざまな意見に耳を傾けなければならない」と強調した。
 日本は歴史と真摯に向き合っているのだろうか。ヘイトスピーチを垂れ流しにして、侵略戦争を正当化しようとする流れがある。戦争は経済を潤すと言う論理がある。アメリカは大儀なきイラク戦争で、決定的に経済が破綻した上に、「イスラム国」の脅威をも生み出してしまった。もし潤うことがあっても、その潤った経済の下には累々とした戦死者の骨が敷かれることになる。
 歯車が「かつて来た道」を辿りはじめた時、時代のストレスと引き替えに狂気のように過剰に適応する人々がどれ程多くいるかを想像することは容易だ。それでも時代の歯車は廻り続けるだろう。やがて大きな「強い者」が、弾劾される時代が訪れて、自ら従ってきた愚をも見つめ直さなければならなくなった時に、果たして真摯にそれを見つめられる者がどれ程いるのか。分からない。
 四月の空にはそんな「わからなさ」とは無関係に白い雲が流れ続ける。
 暑い夏に、蝉の声が響き続けるその中で、突如戦が終わったように。それは突如訪れて、突如去っていくのだろうか。
 空の色の良い日に、川沿いの道をランニングして戻り、猫の額の庭の空間で水を飲む時の幸福。そして、空っぽになった頭のまま、樹木の先端にとまる小さな昆虫が、光りに照らされて微妙な色に見えたり、足下の菫が宝石のような色の露の水滴をたたえていることに気付いた時の幸福。こんなささやかな幸福を守っていきたい。守るべきものとは、そうしたささやかだがかけがえのない幸福を、時代の移り変わりとともに蹴散らし続けてきた「国」などではない。何ものにも束縛されず、何ものに脅かされることもなく、ほんのささやかな物事を感じ取る感性を保ち続けることのできる幸福。これこそが今、われわれが本気になって守らなければならないものだと思う。
 

4月の空 2

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 4月17日(金)05時51分15秒
返信・引用
   映画監督の伊丹万作がかつて、戦争責任の問題を嘆いた文章があるので紹介しておこう。
「最近、自由映画人連盟の人たちが映画界の戦争責任者を指摘し、その追放を主張しており、主唱者の中には私の名前もまじつているということを聞いた。それがいつどのような形で発表されたのか、くわしいことはまだ聞いていないが、それを見た人たちが私のところに来て、あれはほんとうに君の意見かときくようになつた。
 そこでこの機会に、この問題に対する私のほんとうの意見を述べて立場を明らかにしておきたいと思うのであるが、実のところ、私にとつて、近ごろこの問題ほどわかりにくい問題はない。考えれば考えるほどわからなくなる。そこで、わからないというのはどうわからないのか、それを述べて意見のかわりにしたいと思う。
 さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなつてくる。多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はつきりしていると思つているようであるが、それが実は錯覚らしいのである。たとえば、民間のものは軍や官にだまされたと思つているが、軍や官の中へはいればみな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。上のほうへ行けば、さらにもつと上のほうからだまされたというにきまつている。すると、最後にはたつた一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で一億の人間がだませるわけのものではない。
 すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かつたにちがいないのである。しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに劃然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。
 このことは、戦争中の末端行政の現われ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といつたような民間の組織がいかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである。
 たとえば、最も手近な服装の問題にしても、ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないようなこつけいなことにしてしまつたのは、政府でも官庁でもなく、むしろ国民自身だつたのである。私のような病人は、ついに一度もあの醜い戦闘帽というものを持たずにすんだが、たまに外出するとき、普通のあり合わせの帽子をかぶつて出ると、たちまち国賊を見つけたような憎悪の眼を光らせたのは、だれでもない、親愛なる同胞諸君であつたことを私は忘れない。もともと、服装は、実用的要求に幾分かの美的要求が結合したものであつて、思想的表現ではないのである。しかるに我が同胞諸君は、服装をもつて唯一の思想的表現なりと勘違いしたか、そうでなかつたら思想をカムフラージュする最も簡易な隠れ蓑としてそれを愛用したのであろう。そしてたまたま服装をその本来の意味に扱つている人間を見ると、彼らは眉を逆立てて憤慨するか、ないしは、眉を逆立てる演技をして見せることによつて、自分の立場の保鞏ほきようにつとめていたのであろう。
 少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇つてくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といつたように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であつたということはいつたい何を意味するのであろうか。
 いうまでもなく、これは無計画な癲狂戦争の必然の結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きて行けない状態に追い込まれてしまつたためにほかならぬのである。そして、もしも諸君がこの見解の正しさを承認するならば、同じ戦争の間、ほとんど全部の国民が相互にだまし合わなければ生きて行けなかつた事実をも、等しく承認されるにちがいないと思う。
 しかし、それにもかかわらず、諸君は、依然として自分だけは人をだまさなかつたと信じているのではないかと思う。
 そこで私は、試みに諸君にきいてみたい。「諸君は戦争中、ただの一度も自分の子にうそをつかなかつたか」と。たとえ、はつきりうそを意識しないまでも、戦争中、一度もまちがつたことを我子に教えなかつたといいきれる親がはたしているだろうか。
 いたいけな子供たちは何もいいはしないが、もしも彼らが批判の眼を持つていたとしたら、彼らから見た世の大人たちは、一人のこらず戦争責任者に見えるにちがいないのである。
 もしも我々が、真に良心的に、かつ厳粛に考えるならば、戦争責任とは、そういうものであろうと思う。
 しかし、このような考え方は戦争中にだました人間の範囲を思考の中で実際の必要以上に拡張しすぎているのではないかという疑いが起る。
 ここで私はその疑いを解くかわりに、だました人間の範囲を最少限にみつもつたらどういう結果になるかを考えてみたい。
 もちろんその場合は、ごく少数の人間のために、非常に多数の人間がだまされていたことになるわけであるが、はたしてそれによつてだまされたものの責任が解消するであろうか。
 だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
 しかも、だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。
 だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持つている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばつていいこととは、されていないのである。
 もちろん、純理念としては知の問題は知の問題として終始すべきであつて、そこに善悪の観念の交叉する余地はないはずである。しかし、有機的生活体としての人間の行動を純理的に分析することはまず不可能といつてよい。すなわち知の問題も人間の行動と結びついた瞬間に意志や感情をコンプレックスした複雑なものと変化する。これが「不明」という知的現象に善悪の批判が介在し得るゆえんである。
 また、もう一つ別の見方から考えると、いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。
 つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。
 そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。
 このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくその本質を等しくするものである。
 そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。
 それは少なくとも個人の尊厳の冒涜ぼうとく、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。
 我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分たちの罪を真剣に反省しなかつたならば、日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう。
「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。
「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。
 一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱せいじやくな自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。
 こうして私のような性質のものは、まず自己反省の方面に思考を奪われることが急であつて、だました側の責任を追求する仕事には必ずしも同様の興味が持てないのである。
 こんなことをいえば、それは興味の問題ではないといつてしかられるかもしれない。たしかにそれは興味の問題ではなく、もつとさし迫つた、いやおうなしの政治問題にちがいない。
 しかし、それが政治問題であるということは、それ自体がすでにある限界を示すことである。
 すなわち、政治問題であるかぎりにおいて、この戦争責任の問題も、便宜的な一定の規準を定め、その線を境として一応形式的な区別をして行くより方法があるまい。つまり、問題の性質上、その内容的かつ徹底的なる解決は、あらかじめ最初から断念され、放棄されているのであつて、残されているのは一種の便宜主義による解決だけだと思う。便宜主義による解決の最も典型的な行き方は、人間による判断を一切省略して、その人の地位や職能によつて判断する方法である。現在までに発表された数多くの公職追放者のほとんど全部はこの方法によつて決定された。もちろん、そのよいわるいは問題ではない。ばかりでなく、あるいはこれが唯一の実際的方法かもしれない。
 しかし、それなら映画の場合もこれと同様に取り扱つたらいいではないか。しかもこの場合は、いじめたものといじめられたものの区別は実にはつきりしているのである。
 いうまでもなく、いじめたものは監督官庁であり、いじめられたものは業者である。これ以上に明白なるいかなる規準も存在しないと私は考える。
 しかるに、一部の人の主張するがごとく、業者の間からも、むりに戦争責任者を創作してお目にかけなければならぬとなると、その規準の置き方、そして、いつたいだれが裁くかの問題、いずれもとうてい私にはわからないことばかりである。
 たとえば、自分の場合を例にとると、私は戦争に関係のある作品を一本も書いていない。けれどもそれは必ずしも私が確固たる反戦の信念を持ちつづけたためではなく、たまたま病身のため、そのような題材をつかむ機会に恵まれなかつたり、その他諸種の偶然的なまわり合せの結果にすぎない。
 もちろん、私は本質的には熱心なる平和主義者である。しかし、そんなことがいまさら何の弁明になろう。戦争が始まつてからのちの私は、ただ自国の勝つこと以外は何も望まなかつた。そのためには何事でもしたいと思つた。国が敗れることは同時に自分も自分の家族も死に絶えることだとかたく思いこんでいた。親友たちも、親戚も、隣人も、そして多くの貧しい同胞たちもすべて一緒に死ぬることだと信じていた。この馬鹿正直をわらう人はわらうがいい。
 このような私が、ただ偶然のなりゆきから一本の戦争映画も作らなかつたというだけの理由で、どうして人を裁く側にまわる権利があろう。
 では、結局、だれがこの仕事をやればいいのか。それも私にはわからない。ただ一ついえることは、自分こそ、それに適当した人間だと思う人が出て行つてやるより仕方があるまいということだけである。
 では、このような考え方をしている私が、なぜ戦犯者を追放する運動に名まえを連ねているのか。
 私はそれを説明するために、まず順序として、私と自由映画人集団との関係を明らかにする必要を感じる。
 昨年の十二月二十八日に私は一通の手紙を受け取つた。それは自由映画人集団発起人の某氏から同連盟への加盟を勧誘するため、送られたものであるが、その文面に現われたかぎりでは、同連盟の目的は「文化運動」という漠然たる言葉で説明されていた以外、具体的な記述はほとんど何一つなされていなかつた。
 そこで私はこれに対してほぼ次のような意味の返事を出したのである。
「現在の自分の心境としては、単なる文化運動というものにはあまり興味が持てない。また来信の範囲では文化運動の内容が具体的にわからないので、それがわかるまでは積極的に賛成の意を表することができない。しかし、便宜上、小生の名まえを使うことが何かの役に立てば、それは使つてもいいが、ただしこの場合は小生の参加は形式的のものにすぎない。」
 つまり、小生と集団との関係というのは、以上の手紙の、応酬にすぎないのであるが、右の文面において一見だれの目にも明らかなことは、小生が集団に対して、自分の名まえの使用を承認していることである。つまり、そのかぎりにおいては集団はいささかもまちがつたことをやつていないのである。もしも、どちらかに落度があつたとすれば、それは私のほうにあつたというほかはあるまい。
 しからば私のほうには全然言い分を申し述べる余地がないかというと、必ずしもそうとのみはいえないのである。なぜならば、私が名まえの使用を容認したことは、某氏の手紙の示唆によつて集団が単なる文化事業団体にすぎないという予備知識を前提としているからである。この団体の仕事が、現在知られているような、尖鋭な、政治的実際運動であることが、最初から明らかにされていたら、いくらのんきな私でも、あんなに放漫に名まえの使用を許しはしなかつたと思うのである。
 なお、私としていま一つの不満は、このような実際運動の賛否について、事前に何らの諒解を求められなかつたということである。
 しかし、これも今となつては騒ぐほうがやぼであるかもしれない。最初のボタンをかけちがえたら最後のボタンまで狂うのはやむを得ないことだからである。
 要するに、このことは私にとつて一つの有益な教訓であつた。元来私は一個の芸術家としてはいかなる団体にも所属しないことを理想としているものである。(生活を維持するための所属や、生活権擁護のための組合は別である)。
 それが自分の意志の弱さから、つい、うつかり禁制を破つてはいつも後悔する羽目に陥つている。今度のこともそのくり返しの一つにすぎないわけであるが、しかし、おかげで私はこれをくり返しの最後にしたいという決意を、やつと持つことができたのである。
 最近、私は次のような手紙を連盟の某氏にあてて差し出したことを付記しておく。
「前略、小生は先般自由映画人集団加入の御勧誘を受けた際、形式的には小生の名前を御利用になることを承諾いたしました。しかし、それは、御勧誘の書面に自由映画人連盟の目的が単なる文化運動とのみしるされてあつたからであつて、昨今うけたまわるような尖鋭な実際運動であることがわかつていたら、また別答のしかたがあつたと思います。
 ことに戦犯人の指摘、追放というような具体的な問題になりますと、たとえ団体の立場がいかにあろうとも、個人々々の思考と判断の余地は、別に認められなければなるまいと思います。
 そして小生は自分独自の心境と見解を持つものであり、他からこれをおかされることをきらうものであります。したがつて、このような問題についてあらかじめ小生の意志を確かめることなく名まえを御使用になつたことを大変遺憾に存ずるのであります。
 しかし、集団の仕事がこの種のものとすれば、このような問題は今後においても続出するでありましようし、その都度、いちいち正確に連絡をとつて意志を疎通するということはとうてい望み得ないことが明らかですから、この際、あらためて集団から小生の名前を除いてくださることをお願いいたしたいのです。
 なにぶんにも小生は、ほとんど日夜静臥中の病人であり、第一線的な運動に名前を連ねること自体がすでにこつけいなことなのです。また、療養の目的からも遠いことなのです。
 では、除名の件はたしかにお願い申しました。草々頓首」(四月二十八日)
(『映画春秋』創刊号・昭和二十一年八月)――「戦争責任者の問題」伊丹万作――
 

4月の空 1

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 4月16日(木)05時10分3秒
返信・引用 編集済
   2015年4月。雨の間を縫って晴れた空が広がる。そんなときの空は青く、雲が水のように流れている。川沿いの桜は、今年はやけに花が多く、風に舞った花びらが川の流れの緩やかなところに溜まって白いモザイク模様を作っているのが美しい。
 我が家の一坪半程の猫の額のような庭に椅子を置いて、空を意識しながら、海からの風を感じてじっとしている。五十代後半のこの頃になって体の奥の方で変調が起こりつつあるのを意識することが多くなった。胸の奥の方でぞわぞわするような感覚がいつも残っている。常に何かをせきたてられているような感じだ。人前に立つのが極度に嫌になり、仕事を続けることにも疑問を感じることが多い。精神的な部分に負担がかかっているからだと思う。自分の節を曲げて行わなければならないシーンが多すぎるのだ。
 状況が、雪崩を打ってある方向に流れようとしている時に、唖然としたままそのシーンを見送ってしまうことがある。軍備を放棄したはずの国が、「集団的自衛権」の閣議決定により、外国で戦いに加わることができるようになってしまった。「経済発展」のために輸出大企業が堂々と武器を輸出できる国になってしまった。日本が戦後七十年間戦争という悲劇を起こさなかったのは憲法九条の存在だった。しかしその存在を過去のものとして葬り去ろうという動きが広がりつつある。
 形のない「精神主義」を強制や戦の道具に使うこの国独特の前近代性。しかも、戦前の流れよりも露骨にそれらは広げられている。何をそんなに急いでいるのかと惨い事件が毎日のように起こるこの国の空の下で思う。
 空には水の流れのような雲があり、青々とした透明さが笑っている。
 極度に締め付けられた状況の中で、出口が見つからないような悲惨な中にいると、人間はその中でいちばん権力を持った者に、愛情に似た感情で従う性質を持っているという。例えば、どこかの銀行に強盗が銃を持って押し入り、人質を取って立てこもった時、そこにいた少女が自分の命を握っているその強盗に恋情に似た感情を抱いたというあれだ。人間は弱い生き物である。今の我が国のように出口のない、閉塞した状況のなかで、強盗に当たる者が誰なのか知らないが、そんな強盗に恋情に似た票を入れ続ける人々。「強い」者に賭けることは、自らリスクを負わないことだと尻馬に乗りたがる人々がうそぶく。状況が傾けば、直ちにそれに従わない者を弾劾し、告発し、指弾する隣の人々。自らは従っていることをことさら強調してみせることで弾劾されることを避けることは、不幸の手紙や、ネズミ講に似た構造を持つ果てしない泥沼に等しい。
 戦後民主主義とは何だったのか。失われることで徐々に明らかになっていくその脆弱な思想体系。どこかの大国が崩壊したことで、その思想までが死んでいったと錯覚し、黙り込んだ「思想家」達の国。思想とは流行り廃りで変わるべきものではなく、勿論他国の状況で変わるものでもない。むしろ思想は今のような苦しい時代を経て作り上げるべきものだ。
 近代は終わったと勘違いしている人たちがいる。日本には近代さえ訪れていないと夏目漱石は言った。外発的付け焼き刃の西洋化が、内発的な変化を追い越してしまったために起こった捻れ現象を今も引きずっている国日本。その都度「強い者」に自らの精神的リスクを減らすためだけに従ってきたために、実体すら分からなくなって閉塞している国で、人々は自分を見失い、より弱い者にしわよせをはじめている。核廃棄物の処理の仕方さえさえままならない原子力発電所が再稼働され、その不完全な技術を輸出し続けている国。核で汚された土地はこの先目の眩むような年月の間、汚染が浄化されることはないと言う。この状況を作ってきた大人達は、そのリスクを次の世代にそっくり背負わせようというのだろうか。何も見えないままに時代は大きな歯車を回し続ける。どこに向かって歯車はその軸を回しているのか。分からない。
 

胸騒ぎ42

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 4月 6日(月)04時16分10秒
返信・引用
   取材の記者達の包囲網をくぐり抜けるようにして由美子と私が桜さんの家を訪ねた。桜さんは私たちの声だとわかると素早く玄関のドアーを開けて、中に入れてくれたが、部屋に入るなり私に抱きついてきて、慌てる由美子の前で、桜さんは急に大きな声で泣き出した。よほど今まで堪えていたことがあったのだろう。私と由美子は、桜さんを抱きかかえたまま、背中に手を当ててさすりながら、「もう、大丈夫。もう大丈夫だから」と宥めた。
寝間着のピンクのスエット姿の桜さんはすっかり憔悴していて、いつもより一回り小さく見えた。
 由美子が淹れてくれた紅茶を飲んでいる間にも、桜さんは何も話さなかった。もしかしたら、ショックのあまり喋ることができなくなっているのではないかと思えた。
 桜さんは、このことを自分の気持ちの中にうまく納めるのに、随分長い時間がかかりそうだった。トルコ人の女性と暮らしていたという事実と、ダーイシュに捕らえられて死んでしまったことはあまりにも距離があり過ぎるようだった。どちらの事実も桜さんにとっては重く、直に向き合うにはその間に横たわっているわからないことが多過ぎるようだった。リビングのテレビのスイッチは入りっぱなしになっており、画面ではニュースが虐殺事件の真相について報道し続けていた。私が、テレビのスイッチを切ろうとしたときだった。急に画面が変わり、新宿の高層ビル街の空にアングルが移されていた。そこには、少し前に、空き家の掃除のときに見たドローンが、高層ビル一帯を、旋回するように無数に飛んでいた。ヒユンヒュンという音が複雑に混じり合って、ただならぬ事態になっていることを物語っていた。
「あのときに見たドローンと同じだわ」
 由美子が呆然とした顔つきでそう言った。
 桜さんの眼は、画面を捕らえてはいたが、数知れない謎のドローンの背後にある何者かの凄まじいまでの憎悪を捕らえていた。ヒュンヒュンヒュンという音が画面からも、家の外からも聞こえるように感じられた。一体どこから現れたか、これほどの数のドローンの姿は、ヒッチコックの「鳥」という映画を思わせた。窓という窓が烏のくちばしによって破られ、中に無数の鳥が進入してくる。鳥たちは人間に襲いかかり、目玉を抉り皮膚をついばむ。血だらけになった人間達の悲鳴が響き渡る。そんな世界の終わりの映画をその瞬間に思ったが、今目前に広がる現実世界は、それ以上の壮絶な結末を前提にしているのかも知れなかった。
 由美子が二階に上がって、雨戸を開けた。窓の外の空は黒いごま粒のような飛行物体で覆われていた。こんなにも多くのドローンが、いったいどこから何の目的で飛来したのかは謎だった。しかし、それは謎であることよりも、その威圧性において攻撃的な側面の方が前面に出ていて、今にも何かのアクションを起こす寸前のようだった。一斉に無数のドローンから、白い霧状の気体が噴射され、空が真っ白になった。
 テレビの画面に、静岡の浜岡原子力発電所上空の映像が飛び込んできた。やはり無数のドローンに空は覆われていた。全国十七カ所の原子力発電所上空にもドローンは迫っていた。
 緊急ニュースで、緊迫した状況を伝えるニュースキャスターやリポーターの声が、奇妙に甲高い声に聞こえた。欧州、アメリカにも同時に現れたおびただしい数のドローンの対策のためにアメリカのスーパーコンピュータが発信基地をサイバー攻撃したと言うニュースだった。同時に欧州もドローンの発信基地に対して、核ミサイルを発射したのだが、軌道を変えられてしまったらしかった。
「欧州連合の発射した十機の核ミサイルがアジアに軌道を変えて進んでいます。たった今、中国と韓国が迎撃ミサイルを発射しました!」
 テレビから、そんな緊張した声が聞こえてきたが、私にはそれが何かの劇のようにも思えた。
「こんな時には、普通に過ごすのが一番だわ。文夫さんはこのことが伝えたかったんだわ。何も恐がることはない。私たちは素粒子に置き換わってゆくだけなのだから」
 由美子が落ち着いた声でそう言うのが聞こえた。
――太陽も空も海もこんなに輝いているのに…――
 私はいつか由美子と入江君と三人で入った海辺のレストランでかかっていたスキータ・デイビスの「The End of The World」の歌詞を思い浮かべてみた。考え方次第で、世界は終わることも始まることもできるに違いない。入江君の言っていた宇宙は、きっと人間や生物の存在を越えたところで存在し続けている。そして、残念ながら、宇宙の片隅の小さい星で、人間中心の歴史はやがて幕を閉じるのだろう。どうやら、その始まりに今私たちは立ちあっているようだった。
 

胸騒ぎ41

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 4月 1日(水)21時25分12秒
返信・引用
  「入江君。うさぎなどの小さくて弱い動物は、鷲や鷹などの天敵に捕まると、そのままショック死してしまうらしい。生きたまま、内臓や頭部なんかをむしられて食べられる痛さよりもショック死してしまうようにできているんだって。それはなぜなんだろう。心臓がショックに耐えられないくらい小さいせいもあるかもしれない。でも、生き物である限りは自分の生命はぎりぎりの極限まで諦めずに生き続けるべきだって私たちは考えるよね。でも、もしかしたら小さい弱い動物たちは、ショック死して自分の生命を捕食者に食べやすいように与えているのかもしれない。そうすることで、自分の身体が捕食者の一部になることに協力しているんじゃないかしら。そこには、種とか個だとかっていうものはなくて、広く生命全般に寄与しているっていう、より大きな生命の意志が働いているんじゃないかって私は思うんだ」
 私はその時もっと何かを言おうと思っていた。その瞬間、またあの予感が訪れた。強い予感だった。
 何かが失われてしまう。そうした胸騒ぎだった。それは、私かもしれないし、入江君かもしれない。あるいは、由美子かもしれないし、入江君のお父さんかもしれない。あるいは、私たち全ての存在かもしれない。なんだかはっきりしないが、きりきりするような予感が私の全体を覆って、私は崩れ落ちそうになる。今まで、こんなに強い胸騒ぎを感じたことはなかった。しかも、それは私が感じるだけで、どうすることもできない質の問題なのだ。不条理なことなのに、黙ってそれを受け入れるしかない。
 桜さんの旦那さんの映像がテレビに出たのは、その日の夜のことだった。写真家の吉本勇さんという名前が出ていたが、それが桜さんの旦那さんの名だとわかったのは、報道写真家として海外で取材したり、鳥の写真で知られていると紹介があった後、桜さんの家で見た黄色い頭の上に冠のような青い羽根が乗っている変わった鳥の写真が出たからだった。ダーイシュに捕らえられて、緑色の服を着せられていた。インターネットで流された映像が元になっていたので、急いで、インターネットに繋いでみると、黒い覆面姿のダーイシュの兵士が桜さんの旦那さんに銃口を向けて、政府に捕虜の釈放を交換条件として呼びかけていた。期日までに要求に応じない場合は、吉本勇を殺すと言った後、その後のことについてはこちらにもその用意があると言っているようだったが、それが何の用意かは明らかにしなかった。日本中がインターネットとテレビ報道に流れた吉本勇さんの安否に注目した。それに対して、「テロには屈しない」という政府の声明が出されたのみで、どんな対策が講じられているかは伝わってこなかった。期日を過ぎて、吉本勇さんは惨殺されたという報道が、一週間後に流された。
 インターネットでは、見るに耐えない吉本さんの惨殺シーンがアップロードされ、「日本はターゲットだ」という過激派の声明がアラビア文字で流れていた。
 携帯も家電も本人がとらないようで、桜さんと連絡をとることはできなくなっていた。桜さんの家には、連日報道関係者が押し掛けて、とんでもないことになっていた。心ないキャスターが、吉本勇さんはここ数年行方不明になっていたことについて桜さんにコメントを求めたことがあって、それ以来、桜さんは家の中に籠もりっきりになり、一切の取材を拒否し続けていた。
 

胸騒ぎ40

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 3月31日(火)20時57分21秒
返信・引用
   翌日、早速入江君と一緒に入江君のお父さんの入院している恵明会病院に行った。
病室は個室で、708号室だった。入江君のお父さんは眠っていた。鼻と腕に点滴の透明なパイプが通っていたが、あまり衰弱している様子は見られなかった。
 入江君は、「お父さん。来たよ」と軽く声をかけて、お父さんを起こそうとはしなかった。それから部屋のゴミ箱を捨てに行こうとしたので、「それ私、行って来る」と言って私が捨てに行った。帰ってくると入江君は花束をビニールから出して、茎の先を鋏で切っていた。立派な剪定ばさみがあるということは、入江君は花が好きだと言うことなのだろう。用意してあった青磁の品のよい花瓶に、白百合とガーベラとかすみ草を配置良く差して、ベッドの脇にさりげなく置いて、じっと見ている。
「ごめんね。沙樹ちゃん。無理言ってついてきてもらったのに」
「いいのよ、そんなこと。それより、お父様の顔色が良くて安心したわ」
「鼻やら手やら管だらけだけどね。お袋も早くに亡くなってしまったから、父はずっと一人きりで生きてきたんだ」
 入江君の顔つきがいつものような軽い感じがしない。
 そのまま、帰りに駅までの道を歩きながら、入江君は土色の顔になってこんなことを言った。
「沙樹ちゃん。実は僕怖いんだよ。前にも話したことがあると思うんだけど、高校時代の友達が癌で死んだときに、一時的におかしくなってしまって、周りの人間がみんな死肉にたかるカラスみたいに見えたことがあったんだ。あれからずいぶん回復したとは思うんだけど、また、父に訪れようとしている死に僕は怯え始めている」
 入江君の目が、わたしの方を見ているのだが、明らかにわたしを通り抜けていた。宇宙の彼方に見えるものを見つめる目。そうだ、こうしている間にも、世界中でいろいろな生命が生まれたり、失われたりを繰り返している。私たちの身近な死も生も、そのうちのひとつに過ぎない。
 

胸騒ぎ39

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 3月29日(日)07時00分9秒
返信・引用
   由美子にはお気に入りの老人が何人もついていて、しかも、そこそこお金に余裕のある老人が多いので、ちょくちょくプレゼントなどをもらってくる。大きな犬の縫いぐるみや、カモノハシの縫いぐるみ。アルマジロの縫いぐるみまである。アルマジロの縫いぐるみはかわいくて、くるっと丸まって大きなボールみたいになるのが面白い。由美子はそれを事務所の窓側の机の上に飾っているが、一番端のアルマジロはいつも狭い事務所を通る私か、吉野さんが机から落としてしまう。入江君のグリーンエンジェルの売れ行きも快調で、ライトハウスでもみんな愛用している。初めはゾウリムシなんて気持ち悪いと思っていたが、飲み慣れてみるとなんだか朝の気持ちが違うような気がする。由美子も肌の具合が良くなったと喜んでいる。そんな他愛のない毎日がこのままずっと続けばいいなと思う。太陽の温度が上がって周囲の星に影響が出始めるまでには後何十億年かかるのだろう。私や入江君はとっくに消えてしまっているのだが、私たちはいったいその後何になるのだろうか。
 その時突然胸騒ぎが襲ってきた。きっとなにかが起こると言う予感があった。
しかし、その日には何事も起きなかった。私の胸騒ぎもこんな風にして衰えていき、誰に知られることもないまま、そんな感覚も失われてしまうのかも知れないと思った。
 翌日事務所に行ってみると、まだ誰も来ていないのに入江君がいた。入江君は私の顔を見るなり、「沙樹ちゃんにお願いがある」と言う。
「何、入江君が私にお願いなんて珍しいね」
 そう私が言うと、入江君は急に悲しそうな顔をした。
「実は僕の父が、もう長く持たない病気に罹っていて、ずっと病院にいたんだけど、そろそろ危ない時期に来ていると医者に呼び出されて言われたんだ」
「それで?」
「お願いというのはね」
 入江君はばつの悪そうな顔つきで、ちらりと私の顔を見てから、深呼吸をして、一気に言った。
「僕は一人で父の病院に行くのが怖いんだ。だから、沙樹ちゃん一緒に行って欲しい」
「どうして、どうして? そんなことなら、もっと簡単に言ってくれれば、すぐにオッケーなのに」
 私たちは他に誰も居ない事務所の中で、由美子のもらったアルマジロのぬいぐるみを挟んで、じっとお互いの顔を覗き込んだ。
 

胸騒ぎ38

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 3月28日(土)06時22分50秒
返信・引用
   入江君達のゾウリムシの研究は順調なようで、この頃は便利屋の仕事は私と由美子が切り盛りしている感じだ。桜さんもすっかり立ち直ったし、私たちもまあまあだし。一番元気なのはやはり、入江君だろう。研究にも薬品会社のスポンサーがついて、売り出す商品名も「グリーンエンジェル」と決まった。健康サプリメント系の商品らしい。入江君は私たちを会社設立のメインメンバーとして考えているようで、便利屋をどうするかがまだ私たちの中では固まっていない。入江君もそのことについては消極的で、何も言ってこない。便利屋ライトハウスをやりながらできた人間関係が断ち切れないというのが実情だ。まだまだペットの代理散歩や庭掃除、部屋の片づけの仕事、蜂の巣の駆除など細々としたことを頼んでくるお客さんが多く。そのほとんどが、一人暮らしのご老人というのも、なかなかこの仕事を断ち切れない理由の大きなものになっている。私と由美子がライトハウスを続け、入江君は軸足をグリーンエンジェルに移していく。入江君の代わりに電気工事や虫の駆除などもできる吉野さんも仲間として迎えた。
 結局ライトハウスは実務は私たちに移ったものの、資金面では入江君が支えてくれることになった。グリーンエンジェルは今やテレビでも放映されるくらいのヒット商品になり、新聞の取材も何度か受けたようだった。
 さて、私と由美子だが、今はライトハウスの仕事を一生懸命にやっている。例えば私は、
一週間のうち月曜日と水曜日は今井さんと古田さん、田中さんと北村さんの家四件の犬の散歩を朝夕に時間をずらして入れ、昼間は吉野さんの電気工事の助手。火曜日、木曜日、金曜日は休みだったり、緊急に近所のおばあちゃんやおじいちゃんの家の片づけ兼お話相手の仕事がはいったりする。
 

胸騒ぎ37

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 3月27日(金)06時34分5秒
返信・引用 編集済
  存在というものの不確かさは死によって証明される。しかし、死というものの本当の姿は多様だ。死を迎えた肉体は今なら火によって分解され大気の中に微粒子となって混じっていく。それが、地に降れば、地中の微生物に再分解されて、何かの化合物になるかもしれないし、海や川に降れば、魚の身体の一部として取り込まれることだってあるかもしれない。残った骨も壺に納められたり、海に撒かれたり、中には宇宙に打ち上げられるものまであるらしいが、いずれにせよ、やがてそれも分解されて分子や素粒子の単位になり、何かの一部になってゆくだろう。つまり肉体であった自分の存在は、細分化されてあらゆる所に散り、やがて何かに変化してゆく。それが再びひとつの生物の肉体となる可能性は極めて少ないのかもしれないが、生命の一部として取り込まれれば、再び生命として蘇ることになるのだし、地中で分解されれば土の成分の一つになる。気体の中で風に運ばれて、世界中を飛び回ることだってあるだろうし、建物の一部に付着してその成分になることだってある。つまり、心とか魂と呼ばれる精神とか意識というものは消えてしまうには違いないが、成分としては必ずその分だけあらゆる所に存在することになる。こう考えると何も恐れることはない。文夫さんはそんな事を言ったと思う。そして、由美子は夢の中で文夫さんの意識と交流して、彼が全く次元の異なるところに存在していることを確信していた。何故こんなことになったの。彼女は一番聞きたいことを聞いた。彼の答えはなかった。そして、光の煌めきのようなものが由美子の意識を何度も何度も巡った。それが彼の答えなのかもしれないと由美子は思った。
 ――やがて終わりがくる。――
 彼がそう言うのが聞こえた。その終わりとは、今の夢の中の意識の交信のことなのかもしれないし、世界の終わりなのかもしれなかった。そして、その時に文夫さんの限りなく優しい気持ちが伝わってきた。――何も恐れることはない――という言葉を由美子は反芻していた。それは、今の夢のことであり、この後間もなく起こる何かのことなのに違いない。それを文夫は由美子に伝えに来たのだ。何かがくるくる回っていた。翡翠の色をした何かが、次には大きく広がり由美子を包み込んだ。暖かな感触があったが、その感触は今まで感じたどのような物質とも異なっていた。その何かに包み込まれることで、由美子はこれまで感じたことのない安心を感じた。それは、夢の中で、ひらひらしたシーツのようになったり、円い球体になったり、液体のような雫に変わったりした。じっとそれを見つめていた由美子の心の中は、巨大な樹木のうろの中に入って守られているような気持ちだった。微かな暖かさがあった。」
 由美子はそう私に話してくれた。私はそんな世界があるのかも知れないとぼんやりと思った。
 

胸騒ぎ36

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 3月26日(木)06時41分59秒
返信・引用
  「ゾウリムシねぇ」私と由美子の声が重なった。
 それから、由美子と私は桜さんにその女性の住所を聞いた。
 桜さんは、もう捨てた方がいいと由美子の未練を断ち切ろうとしたが、そこにいるのが本当に文夫さんなのかどうかを確かめたいだけなのだという説得に落ちて、中田紀子さんの住む港区の住所と電話番号を教えてくれた。平日電話をかけたのは私だった。事務所に中田さんが出かけた後が良いだろうと、昼過ぎにかけてみた。一回目は誰も出なかった。
二回目に男の人が電話に出た。すぐに携帯を由美子に渡して、声が文夫さんかどうか確かめてもらった。
「あのー、私吉本さんから、紹介いただきました。杉村と申します。今回は、是非ご相談に乗っていただきたいことがありまして……」
 しばらく、由美子は向こうの相手とやりとりをしていた。由美子の微妙な笑顔から、相手は文夫さんではないようだった。
「どうだった?」
 由美子は黙って右手を横に振った。
 これで、謎は元に戻ったわけだが、おかげで由美子の立ち位置も決まった。

 その日由美子の夢に夫の文夫さんが現れたと由美子は私に話してくれた。
「そう、それはとても広い空間で水があらゆる所に流れていたと思う。文夫さんは、まず私にごめんね由美ちゃんと言ってくれた。その言葉を聞くと、私はこんなことが以前にもあったような懐かしい感じがして、背筋がぞわっとなり、何故か涙が溢れ出てきた。文夫さんは私にその時はっきりと、僕はもう君たちと同じ世界にはいない事を告げた。それは死んだと言うことなのかと聞くと、死ぬと言うことには色々な意味があって、それは人それぞれ同じではないと前置きした上で、僕は他の死んだ人たちの行くところではないところに来ているのだと言う。これは夢なの。由美子がそう言うと、君の意識の中に働きかけて僕は君と話しているから、夢であり、単なる夢ではないと彼は言った。
 

胸騒ぎ35

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 3月25日(水)06時06分6秒
返信・引用
  「よく分からないけど、僕たち人間はものすごい数の偶然や未知の中に生きているって言うことだね。解決の糸口はどの部分の解決かによっていろいろ違いはあるだろうけれど、今は由美ちゃんは自分の気持ちに素直になることが一番の選択肢だと思う」
「入江君。それって全く解決にならないんじゃない。由美子は今、夫と女と自分というありがちな三角の中で苦しんでるわけだから」
「じゃあ、沙樹ちゃんの意見は?」
「私は、きっぱり見捨てた方がいいと思う。由美子は一度真剣に探しに行っているんだし、そうじゃなくたって、夫はそれまで何もしないで、由美子に寄生していたわけでしょ。それってひどい裏切り。裏切りって言うとつまらない言葉になっちゃうけど、本質的に由美子を否定する行為だと思う」
「その通りだわ。関わっていても、由美子さんは輝けない。もともとは私が余計な情報を持ってこなければよかったんだわ。」
 それまで黙っていた桜さんが、意を決したように言う。
「それに、それが文夫さんかどうかもまだ分からないんだからね」
 結局、由美子がどうやら一番落ち着いていたようだった。
「それはそうと、僕は今、大学の研究室にいる山根とふたりで、凄い研究してるんだ」
 入江君が急にそんなことを言い出したので、その場にいた人たちはみんな、あまりにも飛躍した話に「はぁ」と言う表情を浮かべるが、そんなこととは関係なく、入江君は話し続ける。入江君はいつもそうだ、何か閃くと必ずそれを口にして、他者の頭に記憶の残骸を残しておこうとするのだ。
「この前、蓮池で採集したゾウリムシなんだけどね、あれが凄い特性を持っていることに気付いたんだよ」
「ゾウリムシって、あのミドリムシとか、ミジンコの仲間の?」
「沙樹ちゃん。厳密に言うと仲間じゃなくて、中学の生物の授業で最初に習っただけだよ」
「そのゾウリムシがどんな?」
「あれは重要な食用資源でもある事が分かったんだ。五億年以上も前に、地球だけの奇跡と言われた生物誕生の原初の形態をそのまま保持し続けている生物。動き回る繊毛を持っているのに光合成をして、二酸化炭素を吸収し、酸素を放出する植物の側面も持っている。太陽の光と二酸化炭素があれば、いくらでも増殖させることができる。これが上手くいけば、便利屋の仕事もしなくてすむようになるかもしれないよ。沙樹ちゃん。由美ちゃん期待していてくれる?」
「ゾウリムシねぇ。私、虫苦手なんだよね。だから、入江君の所の仕事でもペットの散歩専門に手伝っているくらいなんだから」
 由美子が、きらきらした顔つきで言う。
「今まで、二人には、一月やっと食べていけるかいけないくらいのペイしかできなかったけど、これからはもっと楽になるからね」
「じゃあ、便利屋の仕事はどうするの?」
「続けたい人がいれば続ければいいと思う。僕は、みんなに申し訳ないけど、これで失礼するよ」
 そう言って、入江君は桜さんに丁寧にお礼を言って帰っていった。
 

胸騒ぎ34

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 3月24日(火)05時25分21秒
返信・引用
  「どうする、由美子」
 私の問いかけに由美子はすぐには反応できない様子だった。しかし、その女性にはどうやら心当たりがあるらしく、その後どういう行動に出るのかは私にもまったくわからなかった。
「井上さんが亡くなってから、すっかり私も生き甲斐がなくなっちゃって」
 桜さんが何気ない顔つきで、本質的なことを言い出して、私たちはしんとしてしまった。
 こんな何気ない顔つきで核心的なことを話すことができる力というのが桜さんの力なのだと思った。
「私の夫がいなくなってしまったのは、もう十何前になるでしょう。普段から家には居着かない人だったのだけど、報道写真家としてあちこちで個展ができるようになった頃、不意にいなくなってしまったんです。初めは手がかりも何もありませんでした。私はしばらく呆然として暮らしました。私のどこが悪かったのだろうかとずいぶん苦しみもしました。いなくなってから、二年後に、夫から手紙が来ました。夫はトルコで暮らしていました。私にすまないとお詫びが書かれていて、報道写真の仕事をしていて、行きがかりで現地の女性と暮らしているとありました。みなさんにははっきり言わなくてごめんなさい。夫は死んだのではなくて、トルコ人の女性と暮らしているのよ」桜さんは、あっさりとした口調でそう言い、それで話を終わりにすると言う調子で言葉を切った。
 私も、入江君も、由美子も、こんなことを私たちに告白しなければならない桜さんの気持ちが手に取るようにわかって、暫く黙ってしまった。
 沈黙を破ったのは由美子だった。
「桜さんは、それで諦められたのですね」
 慎重な言葉遣いでそう言う由美子の気持ちの中には何かを確認するような響きがあった。
 

胸騒ぎ33

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 3月22日(日)10時05分12秒
返信・引用
   なくなった赤いカンガルーのついたマグカップが出てきたのは、その日の夜だった。しかも見つかったのは冷蔵庫の冷凍室の中だった。アイスを取り出そうと何度も開け閉めしていたはずなのに、こんなところで見つかるなんてあり得ないことだと私は思った。冷凍食品のミックスベジタブルの袋の脇に逆さまに入っていた。白い地だから、気がつかなかったのも納得できることだったが、マグカップを逆さまに冷凍庫に入れる習慣はなかったし、なぜそんなことをしなければならないのは自分でも全く思い当たる節がなかった。もちろん私以外の誰かが、この部屋に入ってきて、マグカップだけを移動させることは考えられなかった。私は見つかったマグカップを暫く使う気持ちになれず、リビングのテーブルの上に置きっ放しにしておいた。翌日また、どこかに動くのかもしれないと言う微かな疑問を抱いて。しかし、マグカップは今度はどこにも動かなかったし、消えたりもしなかった。いつまでも、私の置いた場所にそのままの方向で微動だにしていなかった。私はそのことを少し物足りなく思えた。「おい、カップ! もう一度消えてみなさい」そう話しかけたり、逆さまにして置いたり、方向をくるくる変えて置いてみたりしたが同じことだった。消えた当初、気味が悪くて玄関の鍵を換えたりもしたが、いつの間にかそんなことも忘れてしまっていた。井上さんの命が消えたことと、私のマグカップが見つかったことには何の因果関係も見つからないはずだったが、今の私には何か関係があるよう思えた。
 私と入江君と由美子と三人で、桜さんの「慰問」に行ったのは、もう秋も深まる頃だった。桜さんは気を遣っていた髪型の手入れにも、お洒落だった服装にも気が回っていないようだったが、それを指摘するのも気の毒だったので、黙っておいた。
「由美子さん。私この間あなたの旦那さんではないかと思われる噂を耳にしたの」
 桜さんは私たちを玄関先で迎える間もなくそう言ったのだった。
 私たちは桜さんに招かれるままにリビングにあがり、淹れてくれた濃い日本茶を飲みながら彼女の耳にした話を聞いた。
 それによると桜さんの属しているダンスの仲間の女性が、由美子と同じ大学の法学部出身で、今は自分で法律事務所を開いているらしいのだが、独身であったはずの彼女がこの頃やけにお洒落になり、問いつめてみるとどうやら男性と同居しているらしいのだという事がわかった。その男性が、由美子の夫の文夫なのかどうかはまだ分からなかったが、細い体つきで眼鏡をかけているところから、由美子はどうやらそれが夫であることを直感しているようだった。
 

胸騒ぎ32

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 3月22日(日)10時04分4秒
返信・引用
  井上さんは散歩の途中でこんなジョンの姿を想像していたのに違いなかった。そして、私に散歩の代行を頼んだのだった。私はとたんに胸が苦しくなった。久しぶりに訪れたその不吉な胸騒ぎの感覚は私を追い立てた。
「すぐに家に戻らなければ、すぐに! ジョン、ジョン! すぐに戻るわよ。」
 調子の変だったジョンは、私の語気に何かを感じたのだろうか、すぐに歩調を戻して、私についてきた。
――どうか、私の胸騒ぎがただの勘違いでありますように。井上さん無事でいてください。井上さんどうか無事でいてください。――
 私はそう祈り続けながら足早にジョンを連れ帰った。玄関先まで来たとき、玄関の扉が変な具合に開いているのが分かった。「井上さん、今戻りました!」私の声は、格子模様に組まれたの井上邸の玄関扉の前で、妙に悲痛に響いた。道沿いに吹いてくる風が私の髪を揺らした。ジョンが玄関に何か感じたようにじっとしている。玄関を一歩入ったところに上がり框から前のめりに倒れている井上さんの姿があった。
「井上さん。大丈夫ですか!」私の声が尖っていた。玄関の格子から漏れてくる日差しが井上さんの紺の着物を格子模様に彩っていた。井上さんはすでに息はなかった。脈をとってみたが、井上さんの脈なのか動転している私の脈なのかよく分からなかった。携帯を取り出して、救急車を呼んだ。救急隊員が、脈をとったが脈も止まっているらしい。ジョンを犬小屋に縛って、救急車に同乗した。井上さんの顔つきは、穏やかだったが、顔色は黄土色に変わってしまっていた。
 私の胸騒ぎが的中してしまった。不吉な能力のせいで井上さんの第一発見者になることはできたものの、井上さんを救うまでには至らなかった。救急搬送して運ばれた病院で井上さんの死が確認された。私は第一発見者として警察から事情聴取を受けた。検視の結果井上さんの死因は心筋梗塞だったことが判明した。私は、自分の不吉な胸騒ぎのことを警察には話さなかった。
 三日後の夕方、葬儀は別居していた長男が行なった。桜さんの悲しみは余程深い様子で、私たちが話しかけても、放心状態の彼女には反応する力すら残っていない様子だった。
「でもね、沙樹ちゃん。死は悲しいことだけれど、まだ僕たちが思っているような現象かどうかは分からない。生命という電源が切れるんだから、精神はスイッチオフになるんだろうけど、肉体は焼かれて細分化して空気中に漂う。そして、また別の物質と化合して、何かが生まれる。井上さんは子孫がいるから、そこに遺伝子情報として生きているとも言えるし、僕らの記憶の中で共有した時間が生き続けるとも言えるんじゃないだろうか。それからこの世の次元とか、人間とかのレベル以外のことがもし存在するとしたら、僕らはずいぶん狭い容器の中で思考していることになる」そう一生懸命に桜さんを励まそうとして、桜さんではない私に真剣に話している入江君は私が納得することで、桜さんにもそれが伝わると信じているようだった。
 私たちの桜さん宅への「慰問」もこれからまた必要になってくるんだろうなと考えながら、まだ、五次元空間のことを話している入江君の目の中を私はじっと宇宙の深淵を見つめるように覗き込んでいた。
 

胸騒ぎ31

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 3月22日(日)10時02分44秒
返信・引用
   私たちはいったん事務所に戻り、いっぱいになったゴミ袋を車から降ろして、次の仕事場に向かった。残りの二軒は比較的整備が行き届いていた。どうやら、空き家になったのは最近のことらしい。
 予想していたよりも早く仕事は終わった。最後に回った高橋という表札のある空き家は、
住宅地の高台にあって、そこからはそのあたり一体が一望できるところだった。こんなに場所がいいなら、すぐに買い手がつくだろうにと三人で話しながら、作業をしていると、入江君が、「なにかがあったかもしれないじゃん」と不吉なことを言った。いつも平和な方向の入り江君にしては珍しい言葉だったから、それ以上コメントを続けるのをやめて、そそくさと片付けに入った。

 この日も朝から井上さんにジョンの散歩代行を頼まれていた。真夏まっただ中。アブラ蝉がせわしなく鳴き、太陽はこれから照りつける日差しの準備をしているみたいだった。そして、事件はその時に起こったのだった。いつもどおりの道を歩き、川沿いの遊歩道に出る。川ではカルガモや名前のよく分からない黒い水鳥たちが水の中に首をつっこんで、餌を漁っていた。ジョンの歩調はこの頃目立って遅くなってきているなとその時にも感じていた。川の道を上っていき、神社の近くにさしかかったとき、黒い猫が前を横切った。いつもなら穏やかなジョンがその時急に身構えて、今まで見たこともないような凄い形相で唸っていた。前脚が硬く緊張しているのが分かった。猫はとっくにどこかに行ってしまったというのに、ジョンは何かをにらんでいるように唸り続けた。
「どうしたの、ジョン!」私が声をかけたとたん私は、井上さんの言葉を思い出した。
――ジョンの衰えていく姿を見ているとなんだか自分を見ているようで辛いんです。――
 

胸騒ぎ30

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 3月22日(日)10時00分54秒
返信・引用
  「由美ちゃんと、沙樹ちゃんは庭を掃いていてくれる。僕は家の窓を開けるから」
 入江君はそう言って、依頼主から預かってきた鍵をポットから出して、玄関のドアーを開けた。家の中からむっとするような黴臭さが外にまで匂ってくる。二階の窓が開いて、窓から首を出した入江君がじっと何かに見入っている。
「カニが飛んでるよ」
「何言ってんのよ、カニが空飛ぶ分けないでしょ」
「だってほら、あそこに飛んでるじゃん」
 入江君の指さす方向を見ると、確かに何かの物体が不自然な動きで飛んでいる。
「ドローンじゃないの」
 箒を手にした由美子がすかさず言う。
「ドローン?」
「ラジコンのヘリコプターみたいなものよ。日本かどうかはわからないけど、最近宅配のピザがドローンで届けられるようになったり、アマゾンの通販もドローンで届けるっていう計画があるってネットのニュースにあったから」
「へぇー。世の中そんなに進んでいるんだ。あれもそれじゃあピザ屋さんが飛ばしてるのかな」
「かもね。それより、仕事さっさと終わっちゃいましょ。今日は、ここだけじゃなくて、他に三軒はいっているんだから」
「夏の雲が見えて、空がとてもきれいだよ。青く透明な空のどこまでも南へ南へと飛んでいきたい気がするよ。こんな空が平和に見えるのは久しぶりだと思う」
 入江君の言った「平和」の意味がよくわからなかったが、何事もなく静かなことをそんな風に表現したのだと私は理解した。
 それからの仕事は手際が良かった。由美子は庭に放り投げられた、ペットボトルや瓶、缶などのゴミと雑草をビニール袋に分別し、入江君は家の換気と掃き掃除を、私は家の中の別の部屋を掃いたり、片づけたりした。リビングに残された本棚の中に一冊だけ中村朝子訳の「トラークル全詩集」があった。分厚い本だったが、何故その本だけがここに残されているのかは謎だった。ゴミを集めると九十リットルのビニール袋が十個にもなり、軽トラックの荷台はそれだけで一杯になってしまった。次の空き家は、隣町の郊外にあった。
僕らはそこでも、同じ手順で仕事をこなし、終わると庭に三人で座り込んで、クーラーで冷やした麦茶のペットボトルを飲んだ。
「トラークルってドイツの詩人だったっけ?」
 入江君が、私たち二人に話しかける。
「1880年代オーストリア・ハンガリー帝国の詩人。ヨーロッパではピカソやカフカ、シャガールが活躍していた時期で、トロツキー、スターリン、ムッソリーニ、ヒットラーが生まれたのもこの時期だったはずよ。世界がこれから大きく変化する時期に芸術は生まれることが多いのね」
「あれ、沙樹、博学ねぇ。私は聞いたこともない詩人だわ。文学ってこんなさり気ないときに威力を発揮するわね」
「私、卒論が西欧の詩人だったから。でも、何の足しにもならないけどね」
「そんなことないさ。心が渇いているとき、心の糧にはなるじゃないか」
 入江君にそうもっともらしく言われると、確かにそんなところに文学の価値があるような気がしてくる。
 

胸騒ぎ29

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 3月22日(日)09時59分51秒
返信・引用
  そのお隣に突然頼まれたのが、知り合いの人たちの所有する空き家の巡回掃除だった。空き家は誰も住まなくなった家のことだが、資産として持つには空き家を壊して更地にしてしまうと固定資産税が六倍近くになってしまうので、空き家のままにしている人が多いそうだ。
 入江君にこの話を持って行くと、入江君は「でかしたぞ、沙樹ちゃん。今空き家問題は深刻らしい。新しい家を建てれば立てるだけ空き家が増えるってわけさ。その仕事を引き受ければ、かなりの件数になるはずだよ」
 そう言って、入江君も乗り気だったので、私はほっとした。
  夏の初めというのは、いくつになってもわくわくする。子供の頃は、夏休みがあるからだと思っていたが、大人になってからも、そんな気持ちになると言うことは、どうやら、それだけではないらしい。今回の仕事は、入江君と私と由美の元広告代理店同僚オールスターの仕事になった。場所は私の住んでいる町内の一番端にあった。坂本という木の表札が、日に灼けて字が消えかかっていた。由美子も私も手にバケツと箒を持った作業着姿。そんな格好をしているだけですぐに汗をかいてしまう。
「入江君。その麦わら帽子似合うよ」
「そうかな。これ百均で百八円だよ」
「私が言っているのは金額じゃないんだな」
「入江君が子供の頃はどんな子供だったか少しわかったような気がするわ」
 由美子が言った言葉に照れくさそうな顔をして黙ってしまう入江君はかわいい。
  庭の桜の木から、今年初めてのニイニイゼミの周囲の様子をうかがうような鳴き声が聞こえてきた。
「夏なんだね」私と由美子が言うと、
 

stray sheep2

 投稿者:山本洋  投稿日:2015年 1月 4日(日)10時15分37秒
返信・引用 編集済
  「三四郎」の里見美禰子が口にしたStray sheep「迷える子」の 出典は新潮文庫(三好行雄注)によれば、新約聖書のマタイ伝18章<あなたたちはどう思うか、ここに百匹の羊をもっている人がいて、そのうちの一匹が群れをはなれさったら、九十九匹を山においていなくなったのをさがしに行かないだろうか? そして、もしそれを見つけたら、まことに私はいう。迷わなかった九十九匹よりも、この一匹のことの方を喜ぶだろう。それと同様に、天におられるあなたたちの父は、この小さなものの一人さえも亡びることを、おのぞみにならない>とある。もっとも、漱石全集の注解によると英訳聖書に「stray sheep」という熟語そのものはなく、イギリスの作家H・フィールディングの「トム・ジョーンズ」にあるのが最も古い「stray sheep」の用例らしい。
 さて、この聖書の解釈は、多数の迷わない者達よりも、一人の小さな迷える者を救うことこそが、救いの本義だと言うことではないだろうか。親鸞の悪人正機説「善人なおもて往生をとぐ、況んや悪人をや」に通ずるものがあると思う。多くの迷わない羊の行く先が、オオカミの群の中だったり、断崖の縁だったりしたときに、迷わなかったために多数の羊達は破滅の道を選んだことになる。迷える少数の者達は、こういう方法もあるが、ああいう方法もあると様々な道を選びあぐねて迷っていた。「経済も大切だが、原発の再稼動はどうだろうか」、「戦いで人が死ぬことの方が、よく分からない世界経済の行方よりも優先されるべきではないのだろうか」といろいろ考え、人は迷うのだ。正しいことが初めから解っているというのはよく考えれば恐ろしいことだ。その「正しさ」の価値が逆転することがあり得るのは、戦前の「皇国史観」を考えてみれば、わかることだろう。してみれば、あれこれと考えた末に悩み迷うことの方にこそ、人の思考の尊さが現れているのではないだろうか。人は迷い苦しみ、その過程の中で試行錯誤してあるべき方向を模索してゆくものだと思う。初めから答えの出ていることなどあり得ない。もしあればその答えほど薄っぺらなものはない。宇宙を覆っている物質やエネルギーも99%以上は謎のダークマター、ダークエネルギーに覆われているという。原子力も実はその謎のひとつに過ぎない。人は解らないことに対して真摯でなければならないと思う。苦しみ悩むことから逃げていては真の方向は見えてこないのではないだろうか。傷つきたくない人たちもその負担から逃げようとした途端にそれまでの苦しみの意味は消え失せてしまうのではないだろうか。
 

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